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- 八木 亜希子(アナウンサー) 退社を考えた瞬間
退社を考えた瞬間
華やかな女子アナの代名詞、フジテレビアナウンサー室から突如として退社。フリーで活動をスタートし、3年後に結婚、そしてアメリカでの新婚生活。キャリア女性のアグレッシブな生き方を先駆けてきた八木亜希子さん。
アナウンサーになる為に行った努力、就職活動時の意外な心構えや退社のタイミング等、どのように考えどのような行動に移してきたのか。彼女の素顔に迫ります!
フジテレビでの最後の仕事は、夕方の報道番組(18時のニュース)だった。
キャスターはニュースに対して、自分の考えを自分の言葉でコメントするよう求められる。フジテレビでアナウンサーを続けた場合、まさにそのキャスターという道を歩むしかないと思った時に不安になった。
「キャスターの役割は、自分の言葉でニュースに意見すること。でもフジテレビという会社しか見ていない私は経験が少なく、様々なニュースに対応出来る言葉を持っていませんでした。人の生死に関わるニュースも多々あって、それらにコメントするなんて重過ぎたんです」
アナウンサーも含め、伝える仕事を辞めようとは思わなかった。しかし、伝える仕事を続けていくためには色々な人生を経験したほうが良い、と判断し退社を決意。実は退職後の仕事については、何も考えていなかった。
「先は真っ白だったけれど、真っ白なところでしか(次の道は)何も見つかられないと思ったんですよね」
2000年3月末にフジテレビを退社し、半年後に共同テレビ所属のフリーアナウンサーとなった。2002年10月に結婚し、アメリカでの新婚生活が始まった。
日本で英語の勉強をしてから行ったが、英語力の不足を日々痛感していた。そこで英語を勉強する一環として、サンタクララ大学院で心理学系の講義を受講。会話を目的とするよりも、興味が有ることを勉強する方が身に付くと考えた。
入学半年後には帰国する事となったが、専攻したカウンセリング学と健康心理学は、日本でも研修会に参加するなど勉強を続けている。
「新しいことに挑戦していきたい。今から始めても50歳になれば10年、60歳になれば20年の経験になる。それが新しい私のキャリアになっていくと思うから。
これまでは体を動かすことをしなかったので、これからは体を動かすことをやってみたいんですよね。アメリカに住んだことで日本の伝統の良さを再認識しました。カウンセリングと健康に関する心理学にも関心があります。
そこで、身体・伝統・心の3つのキーワードが共通するものを探していたら『武道』に辿り着いたんです。次は合気道か空手に挑戦してみたいと思っています!」
衣装協力:Folli Follie® |ELE TRA by Ritsuko Kato
1965年、神奈川県出身。早稲田大学第一文学部哲学科心理学専修卒業後、フジテレビにアナウンサーとして入社。同期入社の河野景子さん、有賀さつきさんと共に「フジテレビ三人娘」と呼ばれ、女子アナ人気の火付け役となる。
2000年3月、12年間在籍したフジテレビを退社し、フリーアナウンサーとして共同テレビに所属。映画やドラマ、CMなど活躍の場を広げ、タレント、女優としての才能も見せた。
2002年、大学時代の同級生と結婚し、アメリカへ。大学院に通いながら、さまざまな分野で精力的に活躍し、2007年ご主人とともに帰国。







